第46回全日本学童大会マクドナルド・トーナメントの山梨県大会決勝は、ラウンダース(山梨)が中央ジュニアベースボールクラブ(中央)に6対1で勝利し、2年ぶり3回目の全国出場を決めた。双方の6年生たちは3年時の秋に、県低学年大会決勝で戦い、このときは中央ジュニアが6対4で制して初優勝。3年後の頂上決戦は勝敗が逆転したが、それぞれに成長も感じられる勝負となった。準優勝の中央ジュニアは、8月に神奈川県で開催されるコントリビュートカップ関東学童に出場する。
(写真&文=大久保克哉)
※記録は編集部。本塁打はランニング。優勝チームは「全日本学童大会」のコーナーで後日、紹介します
優勝
=2年ぶり3回目
[山梨/山梨支部]
■決勝
5月31日◇山日YBS球場

開始1球目に110㎞を投じたラウンの先発・伊藤㊤は、7球目に自己新となる115㎞を計時㊦
▽第2試合
中央ジュニアベースボールクラブ(中央)
000100=1
20310 X=6
ラウンダース(山梨)
【中】笠井、芦川来-芦川来、笠井
【ラ】伊藤、深沢-中村
本塁打/佐野(ラ)
三塁打/奥山(ラ)
二塁打/奥山(ラ)
【評】堅守の中央ジュニアを、ラウンダースが勝負強さで上回り、大一番を制した。1回裏、ラウンはエンドラン空振りで三走が2度もアウトになったが、五番・奥山葵登主将の右越え三塁打で2点を先取。中央は2回の守りで二盗を阻止、3回には遊撃手の今村春慶主将が背後の飛球をスライディング捕球など、緊張の糸を切らさない。だが、その美技の直後、ラウンの三番・佐野大翔が左翼線へ本塁打。四番・降矢聖悟も左前打で続くと、以降は4四死球(押し出し2)で5対0に。110㎞超の速球で押すラウンの先発・伊藤誉に対し、中央は4回表、先頭の一番・芦川来我がチーム2本目のヒットとなる右前打。二番・鈴木幸志がきっちり送ると、守るラウンにミスが出て芦川来が生還する。しかし、その裏に奥山主将の適時二塁打で6対1としたラウンは、6回表を左腕・深沢琉が無失点で締めて、2年ぶりの全国切符を手にした。

1回裏、ラウンの五番・奥山主将が先制の2点三塁打を右へ㊤。中央は2回裏に二盗阻止㊦など、今村主将を中心に堅く守った


3回裏、ラウンの三番・佐野が逆方向へランニング本塁打㊤。中央は4回表、右前打の芦川来が犠打と敵失で生還㊦

―Pickup HERO―
世代屈指のキャプテンシー。大一番で示した意地と進化

笑顔、また笑顔。全国出場を決めたラウンダースのナインは白い歯がこぼれる。そのなかで唯一、涙をこぼしたのはキャプテン、奥山葵登だった。
「とりあえずホッとしたというか、安心しました」

昨秋の関東新人戦準Vで脚光を浴び、2026年を迎えて「日本一」の呼び声も聞かれるように。とはいえ、全国出場が約束されたわけではなく、他チームからのマークは厳しくなるばかり。キャプテンシーはピカイチの奥山をしても、予選を勝ち切るまでのプレッシャーは並ではなかったようだ。
それでも背番号10は、頼もしかった。重圧の騰点ともいえた県決勝で、右越えの先制2点三塁打に、左翼線へのダメ押し適時二塁打(=㊦写真)。“千金打”は、1本目のほうだった。

1回裏、走者を三塁に置いての先制機に、エンドランを立て続けに2度も失敗。打者が空振りで三走は挟殺され、たちまち2アウトに。その2回目の空振りをしたのが五番・奥山だった(=㊦写真)が、重苦しいムードを次のひと振りで一掃してみせた。
「エンドラン失敗は空振りした自分の責任。何とか打てば帳消しになるかと思って、狙い球を絞って1本にかけた感じです」

ミスして終わらないのはラウンダースの真骨頂。大一番でも主将が、まずそれを示してみせた。それにしてもなぜ、そんなに勝負強いのか。関東新人戦の決勝でも、追い上げムードが鎮まりかけた矢先に、一時同点となるタイムリーを放っていた。
「う~ん、4年生から試合に出てて、ああいう(追い込まれた)場面も、これまで何回もあったので」

2年前の全国予選決勝。当時4年生の奥山は八番・一塁で先発出場㊤。打席には3回立って2犠打㊦に1四球と、つなぎ役を果たした

奥山と伊藤誉は4年時からのレギュラーで、2年前の夏の全国大会でもプレーしている。2人はその経験も生かしながら、伊藤は本格派右腕として、奥山は主将として、それぞれ世代屈指に。主将はまた、春先から打力が飛躍的に向上中。指揮官もそれを認めつつ、要因をこのように話している。
「アイツの意地でしょうね。去年までもレギュラーで試合に出ていたなかで、率(打率)というのはすごく低かったんですよ。でもキャプテンとして、冬の練習からずっと引っ張ってきてくれているので、そういうのが花開いてきたのかなと」(日原宏幸監督)

決勝の第2打席、特大中飛は相手野手に好捕されたが、両翼70mからの特設フェンスがあれば超えていたかもしれない。右へ左へ中央へ、広角に強い打球を飛ばした奥山自身も、まんざらでもない様子。
「(中飛は)ちょっと、こすった感じだったけど、まぁ結構、飛びましたね」
それでもまだ、自分にもチームにも満足していないという。大願成就へのスタート地点に立てたに過ぎない、と言わんばかりの鼻息だ。
「キャプテンとしてプレーでは引っ張れるようになって、声も大丈夫だと思うんですけど…普段の行動は去年よりは良くなったと思うんですけど、まだ足りない。チーム全体でも全国優勝に向かって、これからがんばっていきます」

―Good Loser―
合併発足から7年、三位一体で最高成績「銀」

準優勝
➡第49回関東学童出場決定
決勝戦が終わり、双方のスタンドの応援席から心のこもったエールの交換があった。その最中だったか、前後だったかは定かでないが、両指揮官も歩み寄って言葉を交わすシーンがあった(=㊦写真)。

全国切符は1枚しかない。それを巡って激しく火花を散らしても、終了のゴングを聞けば、自ずと称え合える。大人たちが模範であるという意味では、どちらも勝者。小学生たちの心にも効く、成長促進剤となったことだろう。
「やっぱり1回の裏でしたね。2アウトを取ってから(タイムリーが)1本出ちゃった。あそこを抑えられていたら、まだまだわからなかったな。そういう話を日原さん(ラウンダース監督)ともしました。野球は2アウトからですね」(泉玄洋監督)

中央ジュニアベースボールクラブは、玉穂と豊富のスポーツ少年団が合併して2020年に誕生した。玉緒の時代からキャリア19年になる泉監督にとっても、全国予選の県決勝は初めてだった。躍進の最大の要因は、保護者、指導者、選手の三位一体だという。
「今年は6年生が11人いるのでね、ある程度はいけるかなと思っていましたけど、それよりもコーチ陣とお父さんお母さんたちの手助けや協力が一番ですね。ホントにありがたい。子どもたちが野球をしやすい環境を整えてくれて、団のチームワークというか、とてもいい雰囲気になっていると思います」

応援席には母親らのピアニカ隊にチビッ子らのチアも㊤。ベンチの役割分担も明確で、試合中の采配は今村春樹コーチ(=㊦写真※準決勝)と、小林竜也コーチが主導。「ボクは叱咤激励だけ(笑)」(泉監督)

打線は日替わりが基本。それが組めるのも、試合当日の朝に打撃練習を行い、各選手の状態を指揮官が把握できるからだという。
県決勝では、前日(準決勝)は一番だった笠井悠惺が、三番に入って1回表に中前打。開始7球目で自己最速を115㎞に更新した相手エースに、以降は抑え込まれたものの、上位打線は快速球にも食らいついていた。

115㎞右腕から笠井来㊤(※写真は準決勝)は右前打。六番・原島慶大は中前へ抜けそうな打球を放った㊦

「状況によっては『待て』もありますけど、基本的にはファーストストライクから打てと、指導しています」(泉監督)
迎えた4回には、前日の三番から変わって一番に入っていた芦川来我が、先頭で右翼線へクリーンヒット。不動の二番・鈴木幸志がバントで送った後、敵失で芦川来が生還している。反撃もそこまでで、スコアは1対5と大勢は動かずも、3回裏に3点を失う(0対5)までは、勝負はどちらに転ぶのかわからない様相だった。

笠井㊤と芦川来㊦に、準決勝で登板した原島の右3枚は、いずれも整ったフォームが目を引いた

前半戦で際立ったのは、ラウンダースの勝負強さと並んで、中央ジュニアの堅守だった。1回裏には、無死満塁と一死満塁、2度の大ピンチで相手のエンドランを外して(空振り)、三走をタッチアウトに。学童野球では、こういう場面の挟殺プレーで手痛いミスが出やすいが、中央ジュニアの内野陣は2回とも、ノーミスでボールをやりとりしてアウトを奪っている(=㊦写真2枚)。


「点差なんか関係ない。『諦めるな!』と言ってきましたけど、選手たちはよく奮闘してくれたと思います」(泉監督)
遊撃手の今村春慶主将を筆頭に、どの選手も鍛えられた守備力を発揮。それは後半戦も変わることがなく、終わってみれば野手陣はノーエラーだった。

二塁手・青木大和(5年)のカバーリングも抜かりないから、一塁手の小口瑛大(5年)は打球に思い切って飛び込める㊤。4回には右翼手・村松秀哉が浅い飛球をギリギリで好捕㊦

「やっぱりラウンダースは強い。守備もガチガチでピッチャーもいいし、いいところで打つし…」
攻守で奮闘した芦川来は試合後、まずは相手を称えてから「ヒットも打てたので」と、一定の手ごたえも得られたと語った。「関東大会で優勝できるようなチームになっていきたいです」
この世代は3年時の秋に、県決勝でラウンダースを破って初優勝している。3年後の全国予選決勝でリベンジされたかたちとなったが、準優勝はチームの最高成績。それは安定した力と、順調に成長してきた証しでもあるだろう。


逃がした魚は小さくない。でも指揮官は嘆くこともなく、未来を見据えていた。
「関東大会もあるし、6年生最後の夏の大会もまだあるので、そこで1位になれるように、また一生懸命に練習したいと思います」
